とりあえず共に生きるという意味 #1

http://www.cabrain.net/news/article.do?newsId=36243(リンク切れ)

厚生労働省はこのほど、介護する人が周囲から誤解・偏見を受けることがないよう静岡県が作成した「介護マーク」の周知を図るよう求める事務連絡を都道府県にあてて出した。

介護中であることを理解してもらうことを目的に、介護をする人が外出時に首から下げたり、必要なときに提示したりして使用する。

http://www.caremanagement.jp/news+article.storyid+9423.htm(リンク切れ)

介護マークは、認知症の人などにつきそう介護者が、周囲から偏見や誤解を受けることがないよう、外出時にこのマークを携帯するもの。介護マークを使う場面としては、駅やサービスエリアなどのトイレに付き添うとき、男性介護者が女性用下着を購入するとき、病院で診察室に入る際、一見介助が不要に見えるのに2人で入室するときなどを想定。

とりあえずは高齢者介護を対象とするようですが、ゆくゆくは障害者の介助者への配布も考えているとのこと。
趣旨はよくわかります。説明する手間は省けて便利だし、面倒ないざこざは起きにくくなるかもしれないし。

しかし、へそ曲がりな私はどこか危機感を覚えてしまうのです。かつて「障害者」が顕在的に差別されていた代わりに、「障害者+介助者」が潜在的に分別(ぶんべつ)されることになるのではないかと。

それは自分がまだ若かった頃に、鮮烈で貴重な経験をしたからに違いありません。

http://yellow-room.at.webry.info/201009/article_1.html

埼玉障害者市民ネットワーク(野島久美子代表)の2010年総合県交渉1日目を9月1日に終えて、私たちにとって「交渉」とは…と考えてみる。

たしかに今年も、時々激しい言葉が、県担当者に投げかけられるシーンがあった。しかし、誤解してほしくない。私たちは、県担当者だから、権力を構成する一員だから、追及しているわけではない。
すなわち、障害者団体によくある、障害者を弱者ととらえ、強者は弱者を保護すべきだ、福祉予算を大幅拡充すべきだといった、べき論を振り回すことはしない。私たちは、一緒に動きながら考えてみようよと、呼びかけているのだ。

この埼玉障害者市民ネットワークに集まる各地域の団体の特徴は、障害や発作があっても一緒に学校・職場・地域でごちゃごちゃと生きている点であり、逆に指導員とか支援員と呼ばれる人を○○先生とか呼ぶこともない。激しい言葉のやりとりも、事業運営も、酒のつきあいも、時には激しい言葉のやりとりも交えて一緒にやっているのが、私たちの活動なのだ。けんかしたり、遊んだり、悩んだり、迷ったりしながら、私たちは、街を拓いてきた。

この総合県交渉は、私たちの日常の関係を、年1回だけ、県職員たちもひっくるめて、再現してみようという試みにすぎない。

私は20代前半の数年間、埼玉障害者市民ネットワーク(と周辺の様々な団体)の活動に参加しました。そこでは、健常者=介助する人、障害者=介助される人という一方的な関係ではなく、いろんな人が絡みあいながら日々ドタバタを繰り広げていました。そこには軋轢も誤解も偏見もあったけれど、人と人とのやり取りが確実にありました。

鉄道の駅がまだバリアフリー化されていない頃、車いすの人の移動の際はホームに降りてきた乗客をつかまえて階段の昇り降りを手伝ってもらっていました。すると駅員が、乗客がケガをすると困るのでやめてくれと言います。しばらくすると階段昇降機が設置されるようになりました。しかし、一度に1人しか乗れないし動きが遅いので、予定の電車に乗り遅れることもしばしば。文句を言うと、駅員が手で担いで昇り降りをしてくれたのですが、そのうち駅員が腰痛になってしまい、もう勘弁してほしいと…。

腰痛になった駅員から「勘弁してほしい」という本音を聞くことができたおかげで、鉄道で働く職員一人ひとりに思いを馳せることができました。駅員との関係も円満になりましたし、その後の鉄道会社や自治体を巻き込んだバリアフリー化の運動にもつながったのだと思います。それは障害者とか介助者とか駅員とか乗客とか、いろんな人を巻き込んでごちゃごちゃとやり取りした過程があったからです。

今はたいていの駅にエレベーターやスロープがありますし、乗車駅と降車駅のホームでは駅員が折りたたみ式のスロープを用意して待っていてくれます。そして若い(昔を知らない)障害者は、当然のようにそれらを使います。駅員やほかの乗客との面倒なやり取りは、しなくてすむようになりました。
しかし、エレベーターに乗るために、わざわざ遠回りしなければいけなくて面倒なときもあります。駅員がホームで待機する都合上、電車に乗るドアの位置を指定されると、行動を束縛され自由を侵害されているような気分にもなります。実はそこには潜在化したバリアがあるように思うのですが、設備の充実によって人と人とのやり取りが断絶してしまった今となっては、主張や議論どころか言葉すら交えないことも少なくありません。

同じく電車の話ですが、一時期、自閉症の人が定時制高校に通うときの同行をしていました。まだ行動援護とか移動支援などという制度のない頃です。
基本的に介護とか介助というのは、「できないことを援助する」ことだと思います。しかし、自閉症の人の場合には「できるけどやらない」「普通にできるのに不適切なことをする」ことがあります。彼の場合、走っている電車の窓を突然開け、身を乗り出して手をバタバタさせる行動をよくしていました。不適切行動であることは確かですが、止めるべきかどうか私はいつもためらっていました。

自分が同行の人間だとわかれば、周りから「何とかしろ」という目で見られるのは明らかです。でも、それだと「障害者と介助者」という関係だけで完結してしまいます。もし、座っている隣でいきなり窓を開け始めて迷惑したのなら、その人に止めてほしいと思うのです。しばらくして車掌が呼ばれてきたりなんかしたら、すごく面白い展開になります。これが、いろんな人を巻き込むことなのではないかと思ったのです。

もしあの時、私が「介護者マーク」を首から下げていたとしたら、立場上、自閉症の彼の行動を一人で止めざるを得なかったでしょう。「障害者+介助者」対「それ以外の人」として分別(ぶんべつ)されるわけです。周りの人は納得するかもしれませんが、たぶん周囲とは何のやりとりも生まれず、何の展開も起きず、何の関係も成り立つことはありません。

今や「障害福祉サービス」は、障害者=利用者と介助者=提供者が契約関係で結ばれています。介助者には利用者に対する責任があるので、自閉症の彼のような場合では「見守り介助」の名のもとに不適切行動の制止をしなければならないでしょう。

行動援護や移動支援をはじめ、公的制度は充実しました(まだまだ足りないという声も多いですが)。しかし、制度化が進むにつれて、制度に収まらないような「アバウトな」関係は希薄になってしまったのではないでしょうか。
ホームに降りた見ず知らずの乗客たちに声をかけ、8人がかりで力を合わせて重い電動車いすを階段の上まで持ち上げてもらう、なんてことはもうないでしょう。電車の中でいきなり窓から身を乗り出した青年に対して、隣に座っていたおじさんが「あぶないよ」と言いながら背中を引っ張っている、それを介助者ともつかない同行者が少し離れたところから微笑ましく見ている、なんてことももうないでしょう。

同じようなことを、上で引用したブログの筆者も書いています。

http://yellow-room.at.webry.info/201112/article_6.html

国、県も含め、さまざまな制度がつくられ、多くの障害者が制度を利用して生活する時代になった。活動の幅もさまざまに拡がった。だが、制度に依存する傾向が定着し、制度とかかわりのない普通の人が障害のある人々と一緒に動き、一緒に考える機会はきわめて乏しくなったと感じる。

障害者を介助するのは介助者だけ、障害者にかかわるのは介助者だけなんて社会は、閉塞的でつまらないと思います。お役所主導の「介護者マーク」の普及によって、「障害者+介助者」は特別なセットとして扱われ、普通の人はますます障害者にかかわらなくなる――そんな危惧をしてしまうのです。

註)高齢者分野では「介護」、障害分野では「介助」が一般的なため、文中ではあえて「介護」「介助」表記を混在させています。