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私が落合博満を好きな理由

昨日、テレビで野球中継をしていました。中日-巨人戦でした。
最近はあまり野球を見なくなっていたのですが、久しぶりに見ました。それは、落合博満さんが解説をしていたからでした。

解説者としての落合さんは、決して喋りが上手いとはいえません。どちらかといえば朴訥でぶっきらぼうなように感じます。
でも、解説がわかりやすいのです。それは、喋る内容にきちんと根拠があって、筋が通っているからだと思います。選手のプレーに対してけっこう辛口なことを言ったりもするのですが、話が論理的なので納得できるのです。

2004年に落合さんが監督になった当初、私は正直、果たしてうまくいくのだろうかと懐疑的でした。コーチ経験もない上、「オレ流」という言葉に象徴されるようなプレースタイルだった人が、監督としてふさわしいのだろうかと。
落合さんは、三冠王を3度獲得したほどの優秀な選手でした。独自の打撃理論を持っていることでも知られていました。そんな人が監督になったら、自分の理論を選手に押し付けて、選手の持ち味や意欲をスポイルしてしまうのではないかと懸念したのです。

しかし、就任1年目からリーグ優勝を成し遂げたことで、私の「落合監督観」は一変しました。決して自分の「オレ流」を押しつけることなく、逆に、自分が「オレ流」を持って成功したからこそ、他の選手たちの「オレ流」も尊重できる監督だということを知ったのです。

結果的に、落合さんは8年間監督を務め上げ、そのうちリーグ優勝4回、日本一1回、すべての年でAクラス入りという、球団史上でも稀に見る成績を上げました。

一方で、愛想がないとか、冷酷だとか、しばしば中傷も受けました。確かに、勝っても負けても、代打を送るときも投手を替えるときも、ベンチで感情をあらわにしませんでした。しかし、それは「無情」というのとは少し違う気がしています。
選手時代にも監督時代にも、優勝を決めたシーンなどでは涙を流すことがあったといいます。でも普段は、あえて感情を見せないようにしていたのだろうと思います。それは、自分が感情を見せることで、他の選手に与える影響が大きいことを知っていたからではないかと思うのです。

また、落合さんの発言を聞くと、「チームプレー」や「やる気」といった感情論的な言葉を出すことがありません。
落合さんはかつて、高校・大学時代に野球部に入部したものの、体育会系的な上下関係に嫌気がさして辞めた経歴があります。もともと、いわゆる「スポ根」的な考え方とは対極なところにいる人なのでしょう。
そして自らの体験から、時に、感情論的・全体主義的なやり方は個人のパワーを失わせる、と理解しているのではないかと思うのです。

ぶっきらぼうで、説明が少なくて、少しとっつきにくそうな印象もある落合さんですが、もしこういう人が上司だったら、自分は生きやすいだろうなと思います。