話し合いの顛末 #4

4回目の話し合いは、「要求書」に記した回答期限の8月7日でした。
A4ペラ1枚の「回答書」が私に手渡され、エライ人が文章を読み上げました。

私の「要求書」では、①会社としての謝罪文、②配置転換、③法令遵守と再発防止策の3つを要求事項としていました。しかし「回答書」の回答は、そもそも、違法行為というべき「精神的苦痛を負わせる言動」自体があったとはいえず、従って要求事項には応えられないというものでした。

この回答は、いわば、要求の根拠自体を全否定するものです。私の全面敗北といっても仕方がないものだと思います。
たとえ謝罪文は書かせられなくても、違法行為とまでは認めさせられなくても、私が精神的苦痛を負ったという事実の、せめてその一部分さえも認めさせることができなかったのは、無念の一言です。

しかし、要求3項目を受け入れない場合の条件としていた「会社都合退職」は、退職勧奨という形で認めさせることができました。
本来であれば、会社側に何の負い目もないのなら「会社都合退職」にする必要はなく、「自己都合退職」で処理すればいいはずです。「会社都合退職」扱いを認めたということは、今回の事件に関して会社が(文書中には明示はされなかったものの)多少なりの責任を認め、会社側として一定の譲歩をしたのだ。私は、そう受け止めました。

実際、もし「会社都合退職」さえも会社が認めなかった場合には、私は交渉を続行する考えでした。「会社都合退職」は、私にとって最後の砦だったのです。
おそらく、私のその思いは「要求書」にも反映されていたと思いますし、会社側もそれを読み取って回答したのだと思います。

到底、納得できる結果ではありませんでした。でも私は、自分がやれるだけのことはやり、最低限のものだけは得ることができたと感じました。

そういうわけで私は、8月31日をもって退職することで、会社と合意しました。

4回の話し合いを振り返って。
話し合いの場というのは、とてもシビアなものでした。ほんの軽い言葉でも、自分にとって不利に働くことのないように、毎回、細心の注意と緊張感をもって臨みました。

でも、最後の話し合いのその最後、短い言葉ではありましたが、今まで3年5ヶ月間在職させてもらったことについて、お礼を言うことができました。
話し合いの結果はそれはそれとして、感謝することはしたいと思っています。

追記:2018/01/28
この文章を、男性が受けたセクハラの話と捉えるか、退職をめぐるゴタゴタ話と捉えるか、あるいはメンヘラのクレーマーの被害妄想と捉えるかは、読み手におまかせします。
実際、自分でも振り返るたび、あれは何だったのだろうと考えます。ただ、「話し合い」が終わった直後に記憶が生々しいまま書き吐き出したこの文章を読むと、やはり自分はまぎれもなく「被害」に遭ったのだと思います。

2018年1月現在、セクハラというのはたいがい女性が男性から被害を受けるもの、ということになっています。もし自分と同じことが、女性の部下が男性の上司から受けた話であったら、セクハラ認定される可能性は高いのではないでしょうか。
自分にとっては、セクハラでも母性ハラ(?)でも何ハラでも、呼び名はどうでもかまいません。こういう形の「被害」が存在するということだけ、何らか可視化されないものか、と思っています。