団地の住人たちの話:2016/01

僕が住む団地には、エレベーターがない。
過去の抽選の傾向を研究したら、この棟の倍率が明らかに低かった。おそらく高齢の人が避けているのだろうと思い応募したら、見事に的中した。
でも、実際に住み始めてみると、上の階に住んでいる人もお年寄りばかり。団地の高齢化率は、ハンパないのだ。単身で住んでいる人も多い。

ひとつ下の階に住んでいるのは、85歳のおばちゃん。
この間、外に出ようとした時にバッタリ会って、しばらく話をした。昔は大阪に住んでいたこととか、学生時代の楽しい思い出とか、聞かせてもらった。
背筋も曲がっていないし、耳も遠くなく話し方もはっきりしていて、とても85歳には見えない。でも、心臓がだいぶ悪いようで、だいたい一日中テレビを観ているのだそう。
1週間に1回ぐらい近くのコンビニに行って、お惣菜などを買い込んでいるらしい。本人いわく「コンビニ族なのよ」とのこと。今は、ご飯もレンジで2分チンすれば食べられるから、楽な時代になったと言っていた。

別の日、僕がコンビニまで行こうと階段を降りたときに、ガチャッとおばちゃんの家のドアが開いた。ちょうどコンビニに行くところだという。
話をしながら、コンビニまで一緒に歩いて行った。でも、コンビニの前に着いた時、おばちゃんが急に立ち止まり、息を切らしていた。
話すのが楽しくて、つい僕のペースに合わせて歩いてしまったという。僕としては十分にゆっくりと歩いていたつもりだったが、申し訳ないことをしてしまった。
僕なら歩いて5分で行ける郵便局も、自分では行けないそうだ。
それでも、エレベーターなしの2階に住み続け、時々は近所を歩いている。歩くことは大事、とおばちゃんは言う。

最上階に住んでいるのも、けっこう高齢のおじさん。奥さんが先に亡くなられたそうで、この人も単身。
先日、バスに乗って出かけようとしたら、前のほうに、おじさんもバス停に向かって歩いているのが見えた。
早足で行けば、すぐに追いつくだろうと思っていた。なのに、徒歩5分のバス停に着くまで追いつくどころか、距離が縮まらない。

バス停に着いて挨拶したら、おじさんはネクタイを締め、スラックスにベストといういでたち。「あれ、今日はどうしたんですか?」と聞くと、社交ダンスをしに行くのだそうだ。
週に2回ほど行っているという。1回につき3時間。そのうち1時間ぐらいは、自分は座ってるけどね、と言うが。
社交ダンスをしたことがないからよくわからないが、音楽が流れている間ステップを踏み続けるのだから、けっこう体力を使うんじゃないかと思う。
55歳から始めて、もう20年やっているそうだ。ということは、今は75歳だ。

ほとんど独学で、ダンスを覚えたのだという。
レッスンを受けるとなると、けっこうなお金がかかるらしい。でも、東京や大阪ならまだしも、名古屋は講師のレベルが低くて、バカらしいと思ったそうだ。
そこで、一流ダンサーの大会のビデオを家で見たりして、研究や練習をしているとのこと。なんだかストイックだ。
若いころはボクシングや空手をやっていて、ギターも弾いていたという。だからきっと、リズム感や身体能力が昔から身についているのだろう。
ダンスがあまりに上手くなりすぎて、自分の相手になる人がいなくなって困ってると言っていた。長年続けている人はほかにもいるけど、20年続けててもダメな人はダメ、と手厳しい。

趣味は何かあるのかと聞かれたので、ランニングとかバイクとかですねと言ったら、「チッ、つまんねえな」と言われてしまった。もっと洒落た趣味のほうがいい、ということらしい。

それにしても2人とも、話をし始めると、とめどなく話をしてくれる。僕はもっぱら「へえ、そうなんですねー」と、あいづちをうって聞くばかり。
単身だから、人と話ができる機会が楽しいのかもしれない。僕みたいな異世代の人間と話すのが、楽しいのかもしれない。

僕は、もう20年以上ひとり暮らしを続けているけど、こういう経験はしてこなかった。近所づきあいなんて煩わしいと思って、避けながら生きてきた。
けれど、この年齢になったからこそ、近所づきあいっていうのも面白い、と思えるようになったような気がする。