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勤務してた施設の話(2)

就職してから1ヶ月後、まだ専門学校を卒業してない時から仕事を始めてたので、4月の初め頃だったんですけど、担当ケースを持ってくださいって言われて、2人のケースが自分の担当になりました。「ケース」っていう言い方、すごく嫌なんですけど、その勤めていた時に使われてた用語だった、っていうことで、ここはあえてこの言葉を使わせてもらいます。
2人とも、養護学校を卒業したての人でした。一人は自閉症の人で、障害支援区分はたしか4か5だったと思います。もう一人は自閉症ではない知的障害の人で、たしか区分は3だったんじゃないかと思います。ギリギリ3ぐらいな感じで、でも区分2だと生活介護の利用ができなくなってしまうので、何とか3にしてもらったというようなことを聞いた憶えがあります。

まず、自閉症の人のことなんですけど、周りを振り回すって意味では、まあ大変といえば大変ではあったんですけど、自閉症の人ならまあこんなもんだと、僕は思ってました。大変だったのは、彼との関わり自体というよりは、彼の行動と施設の方針との板挟みになったことですね。
僕は、基本的にその人がやりたいようにやればいいと思ってるんですよ。机や壁をガリガリ引っ掻いたりとか、狭い更衣室に閉じこもったりとか、階段登ってどっかの部屋に行っちゃったりとか、まあ別にそんなのいいっちゃいいし、自閉症の人ならこんなもんじゃないの、って思ってました。誰かに危害を与えるようなら止めるけど、そうじゃないなら束縛したくないんです。パターナリズム批判?とかって言えば聞こえはよくて、それも半分あるんですけど、でも、半分は「逃げ」もありますね。面倒くさいことはしたくないっていう、それもかなりあります。
でも、施設の方針は違ったんですよね。彼には、まず「しつけ」をするところから始めないと、って。フラっとどこかに行ったら、作業室に戻って自分の席に座るように言うとか、トイレに入るときにはスリッパに履き替えるように注意するとか、昼食の時間になってもなかなか食堂に行こうとしなかったら、行くまで説得するとか。彼が作業所のルールに反するような行動をするたびに、いちいち注意する、って感じでした。更衣室に入ろうとしたら、ドアの前に立って塞ぐとか。
狭っこいところが好きっていうの、なんかわかるっていうか、けっこう共感できちゃうんですよ。僕も、広い部屋の真ん中へんだと落ち着かなくて、角っこのほうに行きたくなっちゃいますから。

作業所の中でも、ある時期までは、更衣室に入りたいなら入ればいいってことで、更衣室に閉じこもってもしばらく放っておいていいってことになってたんです。でも、ロッカーを叩いたり蹴ったりとか、壁をガリガリと削っちゃったりしてるのがわかったら、対応がガラッと変わりました。作業時間中は更衣室に入らないようにってことになって、入ろうとしたら止めるとか、入ってしまったら早く出るように諭すとか。そうなると彼も学習して、更衣室に行きたい時には職員の目がないのを見計らってパパっと入ったり。もうイタチごっこなんですよ。彼もどんどん不安定になるし、僕もどんどんしんどくなりました。
そういうふうに対応が変わることになったのには、作業所の建物に対する、理事長や施設長の思い入れがあったみたいなんです。作業所が開所した時は、木造のオンボロの建物だったけど、長年の念願が叶ってキレイな建物を建てることができた、っていうんですね。で、彼に対しても、ようやく建てたキレイな施設なんだから傷つけちゃダメ、っていう説明をするんですよ。
でも、僕だって彼だって、そんなこと言われても知ったこっちゃない話なんですよね。長年の念願があって、とかっていう期間を共に過ごしたわけではないし、建物がキレイだから何なの?って、僕だってそう思いましたよ。彼もピンとこないんじゃないかって、施設長に言ったことがあるんですけど、でも本当のことだから、みたいなことを言われました。

で、もうどんどんエスカレートしていきました。朝と帰りの着替えだけは更衣室に入っていいってなってたのが、しまいには、更衣室の使用禁止ってなって、朝と帰りの着替えも作業室ですることになりました。作業室だから女の人も大勢いて、そんな中で下着姿で着替えさせてたんです。さらに、その作業場っていうのが施設の出入り口から入ってすぐのところなので、もう外から丸見えなんですね。性的虐待になるんでしょうか、それとも心理的虐待? 何にしても、異常ですよ。
ある日の夕方、お母さんが彼を迎えに来た時に、ちょうど彼が着替えをしているところで、その時にお母さんが「そうだよね。更衣室に入っちゃダメなんだもんね」って、まるで自分に自分に言い聞かせるような感じでつぶやいてて、その言葉はけっこう心にグサッときましたね。どういう言葉を返せばいいか、わからなかったです。彼はその頃には、もう僕の担当というよりは、施設長の担当という感じになっていたんですけど、だけど僕も、そういう対応をしている職員集団の一員なことには違いないですから。
僕はここではまだ新人で、施設長や理事長に反論できるだけの立場ではなかったですし、それだけでなくて、理事長と施設長などの幹部職員とそれ以外の職員との間での上下関係が、けっこう絶対的でした。特に理事長は、たぶん80歳を超えてたんじゃないかと思うんですけど、絶対的な権限を持ってました。ワンマンでしたね。で、その後継役を幹部職員が占めてるという感じで、施設の方針は全部、彼らが決めていました。ぜんぜん民主的(笑)な運営ではなかったです。

とはいえ、自分の意見をはっきりと言えなかったのは確かですし、その根底にはやっぱり「郷に入れば郷に従え」っていうのがあったんだと思います。「郷に入れば郷に従え」っていう自分の習性が、完全に裏目に出ちゃって、板挟みになっちゃったというか、自分で自分を板挟みにしちゃった感があります。見事に、悪いループにハマってしまいました。もっと客観的に見られればよかったのかもしれないですけど、自分自身も当事者になってしまっていますし、自分の行動しだいでは、もしかしたらその相手の身の振り方が変わってしまうかもっていうのは、プレッシャーでした。今、もし同じような状況になったら? うーん。その立場になったら、やっぱり同じような感じになってしまう気がします。そう考えると、今の僕もかなり危険ですね…。
あと、ここでクビになったら食べていけなくなるっていうのも、ありましたね。35歳を過ぎると、転職は厳しいです。面接もだいぶ落ちましたし。ありつけた仕事に何とかしがみつかなきゃ、っていう気持ちになってしまってました。保身ですね、完全に。それがなければ、もっと言いたい放題言えたと思いますし、とっとと辞めたと思うんです。でも、それができなかったのは、自分に負い目があったからだと思います。だけど、そういう事情があったとしても、自分も加害者の一員なのは確かで、それを正当化する気にはなれないです。

その後、彼をめぐるあれこれは、突然終わりました。もちろん僕にとっては、なので、そういう話はその前からあったんだと思いますが。
7月の月末だったと思うんですけど、彼の両親が作業所に来て、施設長と話をして、その後に施設長から、彼は今月末で辞めることになったからって言われました。もう、あっけなくって感じでした。それを聞いて落ち込んだっちゃ落ち込んだんですけど、むしろその後のほうが衝撃的でした。
勤めてた作業所では、作業室の机の上に、一面ダンボールを敷いてあったんです。怪我をしないようになのか何なのか、今もよくわからないですけど。で、彼は座っていた所でガリガリとダンボールを削っていたんで、そこだけ傷だらけだったんです。で、その、彼が辞めるっていうのを施設長から聞いたその日の夕方に、施設長は机のダンボールを張り替えてたんです。両親との面談があった、その日の夕方ですよ。さすがに、この人何なんだろうと思いました。この人、人間の血が通ってるのかなあって。昨日の今日どころか、辞めたもうその日に、彼の存在を無かったことにしてるわけですからね。そういうのを目の当たりにして、もうどう受け止めればいいかわからなかったです。

自閉症の彼のことはこんな感じで、ほんの何ヶ月かのことだけでもけっこう長い話になっちゃいましたけど、もうひとりの人にめぐっても、いろいろモヤモヤすることがたくさんありました。その話も、続けてしていきますね。