いまの状況は並行する線路のようなものかもしれない

 一昨年まで、大宮経由でJR線に乗って都心まで通勤していたのですが、毎日のように電車が遅延するのでつらくなってしまい、横浜の外れに引っ越して1年ちょっと経ちました。

 昨年、専門学校で非常勤講師の仕事をしました。社会福祉の授業を担当しましたが、そのうち1回、ゲスト講師として八木井雄一さんをお招きしました。当日は、八木井さんと私との対談形式で授業を行いました。

 八木井さんにオファーした直接のきっかけは、「ねこのて壁新聞」の文章を読んだことです。県の障害者施策推進協議会で福祉教育についての議論になったとき、障害の疑似体験をさせるというような意見ばかりだったそうです。そんなのよりも障害当事者が講師になって経験談を話すとかのほうがいいし、自分の場合だったら障害者としてではなく自分の人となりを知ってもらいたいとのことでした。じゃあそこまで言うなら、ぜひ八木井さんに講師をしてもらおうと思ったのでした。

 でも、いざ打診してみると、自分の生活は普通だから何を話せばわからないと返事が返ってきました。八木井さんの普通っていったい何やねん! 八木井さんの普通は、きっと普通の人が考えてる障害者の普通じゃないから。これはきっと面白い授業になると確信しました。

 あともうひとつ、八木井さんにお願いしたのには理由がありました。それは言語障害があって、喋ってる内容がとにかくわかりづらいこと。八木井さんと私との話の中から「通じ合いにくさの面白さ」みたいなものがあることも学生に伝わればと思ったのです。

 狙いは120%当たりました。授業後のリアクションペーパーには「とにかくびっくりした」「なぜ先生は八木井さんが喋っていることがわかるのだろう」などと感想が書かれていました。翌週の授業で、私は学生に伝えました。わかったふりするのが一番よくないこと、わかるまで何度でも聞くこと、このことは(この通信の読者にもいらっしゃる)先輩たちから教えてもらったということ。

 一方で意外だったのは、八木井さんのほうも学生の反応にすごく驚いていたことです。先天性の障害なんだし、ずっと地域で暮らしているのだから、こういうのはとっくに通り過ぎてると思っていたのですが。

 そして「ああ、お互いに今まで出会ってなかったんだな」と思いました。あたかも「地域で共に」になっているようであっても。

 たとえてみれば、京浜東北線と上野東京ラインみたいなものかもと思います。大宮から東京・横浜まで線路は並行しているけれど、京浜東北線の電車が上野東京ラインの線路を走ることはないし、その逆もありません。同じ空間を共有していても、線路はあくまでも別々で、電車が相互乗り入れすることはないのです。

 こんな状況は、障害のある人にもない人にも不幸以外の何者でもないと、大げさではなく思います。学生たちには、「福祉制度の充実って果たして良いことばかりだろうか」と疑問の目を向ける価値観も、ささやかながら吹き込むことができればと思っています。こんな価値観も、たしか先輩たちから教えてもらったものですから。

初出:『SSTK通信』No.221